退職後に損害賠償請求された場合(されそうな場合)に行うべき対応
- 不当解雇・退職勧奨
- 退職後
- 損害賠償請求された
2022年度に東京都内の総合労働相談コーナーに寄せられた労働に関する相談は17万4985件でした。
労働者が勤めている会社を退職するとき、会社側から「退職したら損害賠償を請求する」と脅迫まがいのことを言われる場合があります。実際に退職者に対する会社からの損害賠償請求が認められる場合もありますが、労働者側が重大なミスや悪質な行為をしていない場合には、請求が認められることはありません。
本コラムでは、退職する従業員に対する会社からの損害賠償請求が認められる場合と認められない場合の違いや、会社から損害賠償を請求すると言われた場合や実際に請求された場合に労働者がとるべき対応について、ベリーベスト法律事務所 八王子オフィスの弁護士が解説します。
1、従業員退職後の損害賠償請求が認められる場合と認められない場合
従業員が退職しようとするとき、会社側が従業員を引き留めるために「退職したら損害賠償を請求する」と主張する場合があります。
この主張は半ば脅迫のようにも聞こえますが、実際に、退職者に対する損害賠償請求が認められる場合もあります。
しかし、従業員が悪質な行為をしたという経緯がなかったり、軽微なミスしか存在しなかったりする場合には、退職を理由とする損害賠償請求は認められにくいといえます。
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(1)従業員退職後の損害賠償請求が認められるケース
従業員の労働契約(雇用契約)違反または不法行為により、会社が損害を被った場合には、会社は退職した従業員に損害賠償を請求できる可能性があります。
たとえば、以下のようなケースでは、会社の従業員に対する損害賠償請求が認められる可能性が高いといえます。① 重大な業務上のミスをした場合
従業員の仕事ぶりが、通常期待できる水準に遠く及ばず、その結果として会社が損害を被った場合は、損害賠償請求が認められることがあります。
ただし、「会社が従業員を使用することで利益を得ている反面、従業員の行為によって生じる損失についても引き受けるべき」とする「報償責任の法理」という考え方から、請求できる賠償金額は実際の損害額よりも少なくなることが一般的です。
たとえば東京地裁平成15年10月29日判決の事案では、債権回収業務を行っていた従業員が、担当する顧客先18社・153案件、合計2000万円以上について請求書の作成・交付を怠った結果、800万円余りが回収不能となったことが問題となりました。
東京地裁は従業員の損害賠償責任を認める一方で、労働環境や会社による対策不足、上司の監督不備にも原因の一端があることを指摘して、賠償額を200万円まで減額しました。
② 営業秘密を持ち出した場合
従業員が会社の営業秘密を持ち出すことは、不正競争防止法違反に該当するほか、会社に対して従業員が負っている秘密保持義務にも違反する可能性があります。
従業員の持ち出しによって営業秘密が流出した結果として他社に顧客を奪われたり、情報漏洩を理由に会社のイメージが低下したりした場合には、会社は従業員に対して損害賠償を請求することができます。
③ 会社の知的財産権を侵害した場合
会社が特許権を有する発明を無断で実施することや、会社が著作権を有するコンテンツを無断で利用することは、特許法や著作権法に違反する犯罪行為であるため、損害賠償を請求できる対象になります。
上記の例に見られるように、重大な業務上のミスや違法行為については、会社の従業員に対する損害賠償請求が認められる可能性が高いと考えられます。 -
(2)従業員退職後の損害賠償請求が認められないケース
従業員が何らかのミスをしたとしても、それほど悪質ではない場合には、会社による損害賠償請求は認められない可能性が高いといえます。
先述した通り、会社が従業員を使用することで利益を得ている反面、従業員の行為によって生じる損失についても引き受けるべきとする「報償責任の法理」が存在するためです。
報償責任の考え方については、京都地裁平成23年10月31日判決で、以下の通り判示されています。「労働者が労働契約上の義務違反によって使用者に損害を与えた場合、労働者は当然に債務不履行による損害賠償責任を負うものではない。
すなわち、労働者のミスはもともと企業経営の運営自体に付随、内在化するものであるといえる(報償責任)し、業務命令内容は使用者が決定するものであり、その業務命令の履行に際し発生するであろうミスは、業務命令自体に内在するものとして使用者がリスクを負うべきものであると考えられる(危険責任)ことなどからすると、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、労働者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損害の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、労働者に対し損害の賠償をすることができると解される。」
引用:「京都地裁平成23年10月31日判決」(裁判所)
なお、「退職すること自体が会社に損害を与える」などという理由で、会社が従業員に損害賠償を請求することも認められません。
従業員には職業選択の自由があり、退職は民法等の法律でも認められた権利であるためです。
2、退職したら損害賠償請求をすると言われたときにすべきこと
以下では、会社から「退職したら損害賠償請求をする」と言われた場合にとるべき対応を解説します。
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(1)損害賠償請求の法的根拠を確認・検討する
会社の従業員に対する損害賠償請求は、重大な業務上のミスや違法行為などに限って認められると考えられます。
これに対して、軽微なミスや退職そのものを理由とする損害賠償請求は認められません。
会社が脅しのような形で「退職したら損害賠償請求をする」と言ってきたとしても、明確な法的根拠は存在しないことが多いでしょう。
したがって、まずは損害賠償請求の法的根拠を確認・検討したうえで、その後の対応方針を決めましょう。 -
(2)パワハラによる損害賠償請求を検討する
損害賠償請求に法的根拠がないとすれば、「退職したら損害賠償請求をする」などという会社側の言動はパワハラにあたる可能性があります。
この場合、パワハラにあたる言動をした担当者や会社に対して、従業員のほうから、慰謝料を主とする損害賠償を請求することも検討できます。
3、本当に損害賠償請求をされたときの対処法
もし会社の主張が単なる脅しではなく、本当に損害賠償を請求された場合には、速やかに弁護士に相談と依頼をしたうえで会社との交渉や訴訟手続きの準備をする必要があります。
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(1)弁護士に依頼する
会社から損害賠償を請求されたら、まずは弁護士に事情を相談して、代理人としての対応を依頼しましょう。
弁護士であれば、会社による損害賠償請求の法的根拠を検討したうえで、適切な反論を行うことができます。
会社との交渉や訴訟の対応についても、任せることができます。 -
(2)損害賠償請求の手続きを確認する
損害賠償の請求に関する手続きは、主に交渉と訴訟の二通りになります。
交渉の場合は、会社と直接話し合いを行います。
合意が調えば早期にトラブルを解決できる反面、従業員側としても多少は譲歩せざるを得ない可能性は高いでしょう。
訴訟の場合は、裁判所の公開法廷で争うことになります。
長期間に及ぶケースも多いため、弁護士を代理人としながら、粘り強く対応する必要があります。
各手続きの特徴や流れを確認したうえで、まずは交渉で終わらせることを目指すのか、それとも訴訟も辞さずに戦うのか、方針を明確にしておくことが大切です。 -
(3)事件に関する見通しを立てる
会社の損害賠償請求を受けて立つ際には、弁護士と相談して、最終的な結果の見通しを立てておくことも重要です。
具体的には、会社の損害賠償請求が認められる可能性はどの程度あるか、認められる場合の金額はどの程度か、といった点を検討しておきましょう。
事件の見通しを明確にしておけば、会社や裁判所の和解提案を受け入れるかどうかを判断しやすくなります。
4、会社からの損害賠償請求については弁護士に相談を
「退職後に損害賠償を請求する」と会社に言われた場合は、実際に請求される前から、速やかに弁護士へ相談することをおすすめします。
会社からの損害賠償請求について、弁護士は主に以下のサポートを行います。
弁護士が会社とのやり取りを代行し、不当な引き留めを止めさせます。
また、会社側のパワハラに対する従業員側からの損害賠償請求についても、弁護士がサポートいたします。
② 実際に損害賠償請求を受けた場合
会社との交渉や損害賠償請求訴訟について、弁護士が代理人として対応いたします。
弁護士が必要な準備や対応を代行することで、従業員本人の負担を大幅に軽減するとともに、不当な損害賠償請求を退けられやすくなります。
5、まとめ
退職する労働者に対して会社が損害賠償を請求できるのは、労働者が重大な業務上のミスを犯した場合や、違法行為をした場合などに限られます。
これに対して、軽微なミスをしたに過ぎない場合や、退職の事実そのものを根拠とする場合には、損害賠償の請求は認められない可能性が高いといえます。
退職に伴い、万が一会社から損害賠償請求を受けた場合には、その法的根拠の有無を確認したうえで対応することが重要です。
弁護士に相談しながら、早い段階で対応方針を定めておきましょう。
ベリーベスト法律事務所は、労働問題に関する相談を随時受け付けております。
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